うつ病の私を救ってくれた黒柴はなへ

たけこの日常

今はしがないWワークママですが、昔は看護師を目指していた時期がありました。うつ病の辛い時期、犬の癒しに救われた私の体験談をお話しします。

看護師を目指した日々〜うつ病との闘い

高校は進学校に通い、それなりに勉強してきたつもりでした。定期テストでも一定の成績を保ち、「自分はそこそこ勉強できる」という自信が、どこかにあったと思います。しかし、看護学校の勉強量はそんな甘い自信を軽々と超えてきました。人生で一番勉強した時期、と今でも思います。それでも追いつかないほどの量でした。

睡眠時間を削り、実習に明け暮れる日々が続きました。最初は「頑張れば乗り越えられる」と思っていました。でも、心というのは気合いだけではどうにもならないものです。次第に精神を病んでいき、最終的にうつ病と診断され、退学という選択をせざるを得ませんでした。夢を諦めるということが、こんなにも苦しいものだとは思っていませんでした。

うつ病は決して珍しい病気ではありません。厚生労働省によると、日本では約100人に6人がうつ病を経験すると言われています。

実家に戻ってからは、ただぼーっと生きていました。何もする気が起きず、何かをしようとしても体が動かない。毎日が灰色のように感じていたあの頃。将来への不安と、自分への情けなさが、ぐるぐると頭の中を回り続けていました。

黒柴はなとの出会い

そんな私の心の支えになってくれたのが、黒柴ミックスの「はな」でした。

はなは私が高校生のころ、とある支所の前に捨てられていた保護犬でした。どんな事情があって捨てられたのかはわかりませんが、捨てられたとは思えないほど穏やかで優しい子でした。

ひとりになるのが苦手で、夜になると家族がそばにいないと「くーん、くーん」と小さく鳴く子でした。だから家の中で一緒に過ごし、家族旅行にはいつも一緒でした。車の中でひと晩おとなしく過ごせるような、不思議な順応力を持った子でもありました。

そんなはなが、私の気持ちを察してくれたのでしょう。不安で涙が出てきそうな夜には、必ず「くーん」と私を呼んで、そっとそばに寄り添ってくれました。言葉はなくても、温かいその体がそこにあるだけで、どれほど救われたかわかりません。泣いているときも、ただそこにいてくれる。それだけで十分でした。犬という生き物が持つ、あの不思議な共感力には、今でも頭が下がります。

はなのおかげで病気は次第に回復し、派遣の仕事を始め、社員になり、地元のボランティアにも参加できるようになりました。気がつけば毎日が忙しくなっていました。そして結婚し、実家を離れ、はなと会う機会はだんだんと少なくなっていきました。

忙しさの中でのすれ違いと後悔

忙しさの中で、私ははなの老いに気づけませんでした。次に実家に帰ったとき、白内障がひどくなっていること、昼夜逆転してしまっていることに、ようやく気づきました。もっと早く気づいてあげればよかった。もっと会いに行けばよかった。そう後悔し、次の仕事の休みには必ず実家に帰ろうと心に決めた矢先、はなはいなくなっていました。享年12歳でした。

訃報を聞いたとき、心にぽっかりと穴が開いた気がしました。

広島まで14時間かけて車で旅行したとき、渋滞の中でも興味津々に外を眺め、元気よく振り回すしっぽにみんなで笑っていたはな。うつ病で無気力だった私の隣に、ただ静かに寄り添ってくれていたはな。看取ることができなかったことが、今も心に残っています。

うつ病と犬の癒し〜はな、ありがとう

でも、あなたがいたから私は立ち直れた。あなたがいたから、今の私がいる。

ありがとう、はな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました